ブラームス(1833-1897)が亡くなる3年前に書いた曲。クララに献呈されています。クララ(1819-1896)は、この曲ができた2年後に亡くなっています。
当時ブラームス61歳、クララは75歳。
ピアノといえばショパン、ベートーヴェン、リスト、ドビュッシーなどがよく弾かれますが、ブラームスも、特に晩年の小品には美しいものが沢山あります。
そしてこの曲は、多分その中でも一番愛されている、隠れた名曲です。
Youtubeに一通り巨匠たちの演奏があります。
一番有名でよく聴かれているのは、グールドでしょうか。
グレン・グールド(1932-1982, カナダ)
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ちょっと味付けが強すぎて私には少し甘すぎる気がしますが、大人気です。私の友人とこの曲のことを話すと、たいていは「グールドいいよねえ」と言います。
次は異色のポゴレリチです。
ポゴレリッチ(1958-, ユーゴスラビア)
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これは私にはまだよく分からない。テンポが遅くてどうも音楽としてうまく聴こえない印象です。
型破りな方と言われ、ショパンコンクールで落選したことに審査員のアルゲリッチが抗議したのは有名です。
私にはまだ理解できない世界なのだろうと思います。
次は若手です。
ニコライ・ルガンスキー(1972-, ロシア)
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奇をてらわない感じが好みです。
一番私の理想に近い。旋律がすごく美しく出ています。
私より年下ですね。でも、この演奏、私はすごく気に入りました。
なんか、自然だなあ。
ラドゥ・ルプー。この方は少し変人と言われます。まあ音楽家なんてみんな変人呼ばわりばかりかもしれませんが。
ルプー(1945-, ルーマニア)
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風貌がブラームスみたい。
これもなかなかいい感じ。
1966年にクライバーンコンクール優勝。
「千人に一人のリリシスト」だそうです。
去年のラ・フォル・ジュルネで来日予定でしたが、残念ながら中止になってしまいました。
音楽家はよくそういうことがありますね。
ケンプ(1895-1991, ドイツ)
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なんか音低いですね。録音のせいだと思いますが。
かなりあっさり。でも後半の盛り上がりはしっかりしてます。
とても親日家だったそうです。
だんだん古い人になってきます。
だいぶ古い。一部音飛び。モノラルだし。
でもこれはこれでなんとも味がありますねえ。
なんか、懐かしいような、不思議な感じがします。
ルービンシュテイン(1887-1982, ポーランド)
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低音部に厚みがありますね。その分、上の旋律は少し埋もれます。
ユダヤ人。なんと、ブラームスの生涯の親友であるヨーゼフ・ヨアヒムに認められて一緒に演奏したこともあるとか。
いいですね。この方はブラームスと同時代を生きているんですね。
バックハウス(1884-1969, ドイツ)
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音が美しい。ここに帰りたい、そんな気がする。
鍵盤の獅子王と呼ばれた人。ベートーヴェンの直系の弟子です。
ベートーヴェンの演奏に定評がありますが、私は彼のブラームスの「音の美しさ」には特別なものを感じます。
こんな風に弾けたらなあ。
もちろんこの方も、ブラームスと同時代です。
ブラームスは1897年に亡くなられています。
クララが亡くなったのはその前年です。
バックハウスは、もしかしたら二人に会っているかもしれません。
巨匠たちの演奏もそれぞれ色が違いますね。
グールド、ポゴレリッチの演奏を聴いていると、なんというか、甘さがすごくひきたっています。
一方、ルガンスキーやバックハウスの演奏を聴くと、甘さはもちろんあるんですが、同時に、枯れた感じ、静かな落ち着きが表に出てきます。
どっちが正しいとかなんてありません。
自分がどう感じるか、どう感じたいか、です。
ちなみに私はバックハウスの方が好きです。
この曲を一番最初に聞いたのは、22歳の時でした。
当時、ピアノを始めたばかりで、どういう曲があるのか全く知らず、有名なピアノ曲を集めたオムニバスCDを買ったら、その中にこの曲がありました。ちなみに、ブラームスの間奏曲Op.117-1もそこにありましたね。
どちらも演奏はバックハウスでした。
衝撃的でしたね。117-1はその日のうちに楽譜を買ってきて譜読みを始めたのを覚えています。
117-1は変ホ長調で、私が好きな調だったので、譜読みもなんとか進みましたが、118-2はイ長調、私には慣れない調で、譜読み4小節くらいで面倒になり、そのまま放置してしまいました。
まさにキングオブへたれです。
まあそれはいいとして。
長調で明るい曲調ですが、バカ明るいところはどこにもありません。
壮大な盛り上がりもありません。
どこまでも抑えめです。
始まりはそっと、そうっと。
さあ始まるぞというような凄味もなく、気が付いたら、
あ、始まってたの?
というようなさりげなさで始まります。
私はついつい、ブラームスとクララのイメージを浮かべてしまいます。
晩年の二人が、静かな冬の夜、暖炉の前で語っています。
ブラームスの抑えた静かな声が聞こえるような気がします。
「やあ元気かい。今日は寒いね。」
そんな自然に当たり前などこにでもあるようなさりげなさです。
曲が少し進んで、昔の回想が始まります。
「いろんなことがあったねえ。」
「そうねえ」
どれも他愛もない話ばかりです。
うまくいかなかった過去の恋の話などもしたかもしれません。
ブラームスは、なにかというとクララによく相談をしていたそうです。
作曲など音楽についても、当時一流の女流ピアニストであるクララに、弾きにくいところはないかとか、聴いた感じどうかとか、いろんなアドバイスを求めたそうです。
クララを熱烈に愛していた時期もあったようですが、シューマンの死後は、どちらかというと「敬愛」とでもいうような、一段高い次元の関係だったようです。
途中の旋律は、ちょっとはにかむようなところもあります。
なんか恥ずかしいおバカなことをやらかしたことを思い出しているのかもしれません。
ブラームスにはそんな話が山のようにありそうです。
終わりの方には、ちょっとした盛り上がりがあります。
そこには、真っ直ぐな激情が見えます。
ぼくにはこういう想いがあるんだよ!!
あれは違うんだよ!
強い主張を感じます。
そのあとすぐに静かになって、小さくなっていくところが、なんともブラームスっぽいです。
大きな体をまるめて猫背になって、小さくなっているブラームスが目に浮かびます。
最後は、またそっと最初の旋律に戻って、静かなまま終わります。
昔語りも出尽くしたのでしょう。
「なんだかんだ、長いこと生きてきて、いろんなことがあったけど、楽しかったねえ。」
そんな声が私には聞こえます。
希望的な曲で良かったと思います。
こんな風に感じるのは私だけかもしれません。
でも、別にかまいません。
聴く人それぞれのブラームスを語ればいいと思います。
曲に関するロジカルな説明がどこにもなくて申し訳ありません。
でも、このコラムは妄想なので、まあいいでしょう。
私はキングオブ妄想家です。妄想でしか音楽を語れません。
最後に。
Youtubeの演奏についていたコメントでひとつ、印象的なものがあったので、紹介して、終わりにします。
I imagine when I die, when the time has come for me to go,
that this song plays as I make my way through the universe and on to the Heavens.