私は音楽になんの造詣もないのに、なぜかちょっとした偶然の出会いの積み重ねで、終生の音楽友達ができました。ちょっとだけ不思議なお話。
子供のころ、父はクラシックが好きで、父が家にいるときはかなりの確率でクラシックのレコードがかかっていました。父がよく聴いていたのはシューベルトのアルペジョーネ・ソナタや、ドヴォルザークの新世界、バッハその他、いろいろでした。私はクラシックにはまったく興味がなかったのですが、父がいろいろ音楽の話をしてくれたので、否応なくクラシックに少しずつ触れていきました。
子供のころ、唯一私が自分から好きでたまらない曲がありました。チャイコフスキーのピアノ協奏曲第一番。聴いていたレコードは、ピアノが第1回チャイコフスキーコンクール優勝者のヴァン・クライバーン、指揮はキリル・コンドラシン。当時は東西冷戦まっただなかだったので、アメリカ人がソヴィエトのコンクールで優勝なんて!とかなり話題になったそうです(これは後から知りました)。とにかく、幼稚園のころの私は寝る前にこの曲をかけてもらって、聴きながら寝る毎日でした。冒頭のホルンが鳴ると、とたんに頭の中には広大な白銀の大地が広がり、私はそこから夢に入っていきました。
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小学校に入ったばかりのころ、ピアノの教室にも一瞬だけ通わされました。うまく弾けると楽しかったような記憶もありますが、決して練習が好きではなく、そのうち怒りっぽい先生に変わったのをきっかけにやめてしまい、結局ソナチネにすら届かずバイエルの途中でピアノとはさよならしました。
それから中学、高校と、ずーっと音楽と関わることはありませんでした。ラジオ音楽番組で流行歌を聞くことはもちろんありましたし、好きな歌はレコードを買ったりもしていました。でも、自分でその歌を歌ったり楽器で演奏する側ではなく、あくまでヘッドホンで、ステレオで、聴く側専門として。まったく、「弾こう」と思うきっかけすらなかった。
高3になったある時、吹奏楽部の友人が演奏会のチケットをくれました。吹奏楽部の定期演奏会。曲目にはドヴォルザークの新世界がありました。私は新世界は子供のころに聴いたことがありましたから、ちょっとだけ興味を持ち、聴きに行きました。そこで、私の友人を含めた同い年くらいの高校生たちが、あの名曲を人前で見事に演奏するのを聴いてしまいました。それはけっこうなショックでした。あ、同い年の人でこの曲を「演奏」できるんだ・・・と。
とはいっても、だからって自分もやってみるか、とはなりませんでしたけど、私の音楽との付き合いの1つの転換点でした。その時から私は、クラシックのいろんな曲を聴いてみよう、と、FMラジオで録音したりして、いわゆる超有名曲と言われるような、ベートーヴェン、バッハ、メンデルスゾーン、ショパン、など聴きあさるようになったからです。
そして、大学浪人をしていた19歳の時に、高校時代の友人ですでに大学に進んでいた友達の家に遊びに行ったとき。彼は私がクラシック好きだと知っていて、なんかいい曲あったら持ってきてと言われたので、ドヴォルザークの新世界、演奏はウィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリンフィル(後に実はミュンシュ指揮の間違いと判明する)を持っていきました。フルトヴェングラーはそれこそ戦前に主として活躍した方ですから、録音は非常に古く、媒体も今はもうないワイヤ録音、フルトヴェングラーの新世界の録音があった!!と世界で大騒ぎになったものです。ただし、あまりに古すぎて音がバリバリ割れるし、私は今一つ好きではありませんでした。そのCDを友達に渡して聴かせたところ、驚くほど好評でした。これはやばい、心がショックで震えた、とまで彼は言いました。私はなんか悔しくなって、どこがよ、と話したりしていましたが、その時はやっぱりよくわかりませんでした。でも、この時以来、私の中で音楽を捉えるやり方が少し変わった気がします。ようは、上手だとか音質がデジタルでいいとか、そういうことではなく、音楽の中身、演奏者の思いや迫力、そこから聴衆に伝わってくるもの、そこに焦点がやっとあたるようになった気がします。
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不思議なことに、20歳の時、私に神が訪れました。その神は、私が本屋で風の谷のナウシカの楽譜を見ているときに降りてきました。そして、この楽譜を買えと言っていました。私は楽譜を手に取って開いてみましたら、なんとなく簡単そうな音符が並んでいました。いけるかも・・・・そう思って、買いました。そして自宅でチャレンジしてみました。そしたら、なんか弾けてしまいました。
あれ、ピアノってすんごい練習積み重ねないと弾けないもんだと思ってたけど、そんなことないのか?もっとやったらもっと難しいのが弾けたりするんかな?
そこから、とりあえず弾けそうなポップス、当時私は辛島美登里にはまってましたので、辛島の曲をいっぱい練習しました。ぼちぼち弾き語りもできるようになりました。といっても、女声曲なので男の私が弾き語りは厳しいんですけどね。
そしてまた別の出会いがありました。大学浪人の予備校の友達。彼の家に遊びに行きました。なんと、家にアップライトピアノがあり、彼はピアノを弾くのが好きだというのです。ぜひぜひなんか弾いてくれ!と頼んだら、ショパンのノクターンOp9-2を弾いてくれました。一番有名なやつです。目の前で、同い年くらいの私の友達が、ところどころミスしながらも、ショパン弾いてる・・・!!!
私はもうやるしかないと思いました。今まで簡単な楽譜を選んで練習してたけど、好きなクラシックに手を出してみよう。最初はそのノクターンからでした。ショパンのノクターン、なんとか弾けるようになった時は、自分の人間としての価値が爆上がりしたような、不思議な気分になったのを覚えています。これで、ひとつステージに上がれる資格が持てた、そんな感じ。
そんなこんなで、大学に入った後、入るサークルとして、ピアノのサークルを選びました。みんなクラシックをバリバリ弾ける子たちの中で、初心者は私だけでした。あまりにもみんな上手すぎるので、私みたいな下手っぴがいてもいいのかな?とちょっと居心地悪い気もしましたが、みんなそんなこと何一つ気にせず、普通に接してくれる素晴らしい人たちでした。そこで私は、みんなの練習法や、世の中にいっぱい転がっているまだ私の知らない名曲をいっぱい教わりました。人生で一番自由で、そして楽しい瞬間だったかもしれません。
その時の友達は、今でもやりとりがあって、時々集まって演奏会をやったりします。でもここ2,3年はコロナで開催が難しくブランクです。年齢も50を超え、体がだんだん言うことをきかなくなってきて、音楽に心を寄せる余裕もなかなかなかった。でも、部屋のピアノのそばに置いてある、音楽友達との楽しかった一瞬を切り取った写真を見ると、ああ、また聴きたいな、聴かせたいな、と思えてきます。友達は、人生でなによりも安らぐ、宝物です。
次は、映画音楽をやろうかな。海の上のピアニスト。映画のストーリーも大好きですけど、エンニオ・モリコーネの音楽は、心にしみわたります。そんな演奏ができたらいいな。
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