〜海の上のピアニスト〜妄想で再創造

最近、19thCLUBのブログで「再創造」というテーマが流行っています。このカテゴリの「妄想」というキーワードと「再創造」とを無理やり結びつける内容を思いつきましたので、一筆書かせていただきます。






先日、RaRaピアノ教室のクリスマス会で、とある映画音楽を弾きました。


海の上のピアニスト


原題は「The Legend of 1900」。監督はイタリアのジュゼッペ・トルナトーレ、音楽はエンニオ・モリコーネ。このペアで、他にも「ニュー・シネマ・パラダイス」をものしています。主演の影のあるピアニストを名優ティム・ロスが演じています。





私が弾いた曲は、「Playing Love」邦題は「愛を奏でて」となっています。まあ、確かに、まんまですね。


日本人ってのは、なんとも悲しい種族ですね。「愛を奏でて」と聞くと、なんとも気恥ずかしさが先に立ってしまう。口に出して「こないだ愛を奏でてさぁ・・・」なんてなかなか言えませんよね。当日の司会では、英題でコールしていただき助かりました。


この映画はジャズ音楽にまつわるお話です。細かいネタバレはなるたけ避けますが、とにかく、ジャズのうまい、悲しい宿命を背負ったピアニストが出て来ます。


そのピアニストが恋をしてその雷撃に打たれ即興で弾く曲が、「Playing Love」。







ピアノソロ







この曲の主題手前までの序奏部分は、転調に次ぐ転調です。


二長調→嬰ハ長調→嬰へ長調へ長調→ハ長調→変イ長調→ニ短調→ハ短調→嬰ハ長調→ハ長調→・・・


どこまでいくねん!


これがわずか20秒くらいの間に行われています。譜読みは大変でした。転調もそうなのですが、部分的にジャズ特有の不協和音があったり、スイングのような連譜があったり(7連譜とか!!)、そもそもスピードがすごく速いんですよね。その波のうねりのような序奏がひと段落した後に、やっとスローテンポのロマンティックな主旋律が始まります。主旋律は全然ジャズっぽくありません。ここでほっと一息です。


最初は真面目に楽譜どおりにとりあえず弾こうと頑張ってはみたのですが、完全にはムリだと悟り、そこはある程度自分の技量と感覚に任せて自由に弾こうということにしました。


そこで、自由に弾くために、曲の弾き方について、解釈を考えてみる=妄想の森に入ってゆきました。







ところで、映画音楽には、「解釈」というものはあるのでしょうか。


この曲を相手にするにあたって悩みました。映画にはすでにストーリーがあり、ストーリーに合わせて音楽が作られているので、解釈する余地などなく、ストーリーに合わせた弾き方つまりオリジナル演奏に従うのが自然なのではないかと。


この曲が流れるシーンは、この映画の中の一番の見せ場です。船上で出会った若い女の子に一目ぼれした内気な内気なピアニストが、胸の内から自然にわき出る恋心を音に変えて歌った、恋の歌です。ロマンティックそのもの。


船の上で、録音機を録音機とも知らず、録音の意味も知らないままピアノの前に座らされ、気乗りしないながら弾き始める彼。そこで彼が弾くのが、転調しまくる序奏部分。半ばなげやりなところが、その転調具合やテキトーなペダルワークや不協和音にあらわれている気がします。


そしてその後、ふとデッキに面した窓に女の子の姿をとらえた時、そこから主旋律に入ると、とたんに雰囲気がガラッと甘く変わります。外は寒々とからっ風が吹いているのに、彼の心は温かく、なにか大切なものを見つけた喜びで震えています。彼は歳こそオッサンですが、多分初恋だったでしょう。そんな初々しい感動が、旋律に満ち満ちています。


そんな心象風景を表現するのに、あの主旋律、音が少なく少し心細いけれど悲しいほどに美しいメロディーラインを、ピアノの真っ直ぐな音色で、テンポを少し揺らしながら不安定に弾く、そんな演奏が本当にぴったり。







ところで、この曲には、同じ旋律を用いて変奏した別の曲があり、それがこの映画のエンディングテーマとなっています。歌詞つきです。



エンディングテーマ



少しポップス調に編曲されています。


Lost Boys Calling (作詞 : Roger Waters)


Come hold me now
I am not gone
I would not leave you here alone
In this dead calm beneath the waves
I can still hear those lost boys calling


You could not speak
You were afraid
To take the risk of being left again
And so you tipped your hat and waved and then
You turned back up the gangway of that steel tomb again


And in Mott street in July
When I hear those seabirds cry
I hold the child
The child in the man
The clild that we leave behind


And in Mott street in July
When she hears those seabirds cry
She holds the child
The child in the man
The child that we leave behind


The spotlight fades
The boys disband
The final notes lie mute upon the sand
And in the silence of the grave
I can still hear those lost boys calling


We left them there
When they were young
The men were gone until the west was won
And now there's nothing left but time to kill
You never took us fishin' dad and now you never will


And in Mott street in July
When she hears the seabirds cry
She holds the child
The child in the man
The child that we leave behind






英語は苦手なので、知りたい方は映画の字幕を見てください(無精でスミマセン)。歌詞を読むと、ストーリーが分かってしまうのではないかというような曲ですが、ようは、この歌詞も曲調も、先程のピアノソロから受ける印象とはまるで違います。こちらは、恋心とか初々しさはまるでなく、もっとヒューマンな温かさや母性または父性をもって、繊細な世界をほわっと包み込むような、そんな編曲です。ジャズっぽさなどカケラもありません。


当たり前ですが、同じ旋律を使っても、編曲が違うので伝わるものはまるで違いますね。私はどちらかというと、このエンディングの感じの方が好きでした。映画の感動を最後に歌詞で再確認させられて、泣けるポイントだからです。


でも、さっきのピアノソロの楽譜では、この感じは絶対に出せない。出すなら、楽譜を変えなければいけない。ジャズ風の序奏をとっぱらって、リズムも揺らさず一定にゆっくりと、激しいところは抑えめに、等。でも、そこまでのことはとてもできない。






そんなこんなで、結局このピアノソロは、基本的にこの映画のピアノソロ演奏を踏襲しました。別にモリコーネに敬意を表してというわけではなく、「解釈」作業から逃げたわけでもなく、純粋に、モリコーネの曲への想いがその弾き方で一番自然に受け入れられた、ということだと思います。それに、ジャズ風の序奏のところ、すごくカッコいいんですよ、ちゃんと決まれば、ですけど。


やはり、どんなものにも「解釈」はできるし、オリジナルの演奏にとらわれる必要もなく、自らの解釈に従って味付けを決めていけば良いのでしょう。が、その自由度は、編曲によってある程度狭められてくる、ということでしょうか。それでなお納得がいかなければ、自分の解釈に合うように再創造すればよいのだと思います。ただし、再創造には結構な労力・能力が要求されるなあ、というわけで、そこからは、私は逃げました(笑)






しかしそんな再創造をされている方が、世の中にはやはりいらっしゃるようです。



アンサンブル版


悪くないですね、これ。ピアノソロとも違うし、エンディングとも違う。新しい別の曲に仕上がっています。サックス3に、オーボエかクラリネットかな。主旋律だけ借りて、あとは別物です。受け取れる情景としては、もっと日常に近い、なにげない人の暮らしのワンシーン、そして途中で転調するところなどはピアノバージョンよりもむしろ盛り上がっている。演奏会で十分に聴かせられる編曲だと思いました。


いいですねえ、こういうのは。素晴らしい旋律はこうして何度も何度も使いまわされて、とてもエコですよね。世の中ついついなんでも目新しいものを求めたがりますが、本当に良いものというのは、たとい古くても決してそうした世の流れの中に埋もれ忘れられることはないのでしょうね。さすがです。再創造されるということは、つまりそれが質的に素晴らしいものである証なのかもしれませんね。




最後に、別な意味でちょっとすごいなと思った再創造。






by ユング