音楽表現

人々の奏でる音楽を聴いていて、よく思うことがあります。

上手か下手かといった技術的な問題は、聴き手が感動するかどうかとは全く別だなということ。

例えば、素晴らしい技術を持っているのに、「上手だな、すごいな」以外の感想が出てこない。

逆に、どう聞いても下手なのに、不思議にひかれることがある。




どっちがいいとか優れているとかは人それぞれの考え方で、世の中一般常識的な評価は別として、私がそのように感じるだけ。




なぜなのかなと思うのですが、なかなかわかりません。

小さな子供がつたない指遣いで必死に下手くそに弾いている姿は、心を打ちます。
その子のことを知っていて、頑張っているなあ、頑張れ、という応援の気持ちになるからでしょうか。

大人になってからピアノを始めた人の、なかなか上達しないけれど頑張っている、そういう姿も同じです。



でも、それはその人を、その子供を、自分がよく知っているから。友達だから。

友達でなければ、知り合いの子でなければ、そしてその子のことをよく知っていなければ、たぶんなんとも思わないような気がします。



そうではなく、知り合いではない、上手でもない、けれど胸を打つ、そういう演奏が、あります。

なんでしょうね。音楽に魂が宿っているとでもいうのでしょうか。音楽そのものが、その人の人生とシンクロしているのでしょうか。
なにかその人の人生の語りを聴いているような、そんな気持ちになります。
すとん、と胸に落ちてきます。



上手なプロの演奏にももちろん、そういうのはあります。でも、プロの場合はあまりにも技術的に完成しすぎていて、そっちに耳がいってしまい、語りを感じるというところがおろそかにというか、あまり感じなくなってしまうように思います。もったいないことですが。プロはそのあたり、すごく損をしているかもしれません。



なんにせよ、そういう心を打つ演奏に出会いたいものです。