生きている中で、辛いこと苦しいことに当たって、心がざわつくことがある。
折れそうになることもある。すべてを投げ出したくなることもある。
そういう時に、ネットでふと、心に刺さる名言に出会うことがある。
それは、友人のつぶやきだったり、広告のキャッチだったり、あるいは映像だったりする。
ああ、この言葉は素晴らしいな、ぜひ座右に置いておこう、そう思って、少し心が軽くなる。
私もそういう出会いはたくさんあった。でも、その出会いによってなにかを悟ったり、それが自分の血や肉になったことは、まだない。
私が悟りを感じる一瞬というのは、そんな他人の有り難い言葉をどれだけ心で噛みしめても実践しても実世界ではうまくいかず自信が持てず、出口が見えない真っ暗闇の中で、それでもいつかトンネルを抜けると信じて努力を重ねたその先で、ああ、ひとつ賢くなったかもしれんな、と過去の自分を振り返って俯瞰できた時だけだ。
そして、その時になって初めて、ああ、あの時出会った言葉は、こういう意味だったのか、と気づく。
だから思うのだ。言葉そのものには、魂はないのだな、と。
じゃあ、自分が悟ってきたことを言葉にすること、他人に伝えることには意味がないのか?
もしかしたら、そういう言葉や書籍は、読む人のためではなく、書く人のためにあるのかもしれない、と思った。違うかな。。。